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Author:iberi
フラメンコ踊り手/Junko Abe
2009年夏、友人と共にヨーロッパ
を縦断した女二人旅の
冒険の記録です。。。


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長い一日の終わりに…

09/07/16(Thu)つづき…


橋を渡って、かなりのまわり道…

西日でキラキラと光るセーヌ川の水面が
私達を励ましてくれているようだ。

さて、ようやくオルセー美術館に到着!
入り口のサイが私達を出迎えてくれた。。。


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こんな時間にもかかわらず、外には18時からの
入館割引目当てに列ができていた。

ゾロゾロと列が動きだし、入り口へ吸い込まれる。
入るとすぐに、体の大きな黒人のガードマンが
荷物チェックをしていた。
私の番になり、ドキドキしながら近づいていくと
その見た目を大きく裏切って、
キラリと真っ白い歯をのぞかせながら、

「コンニチハ!」

と笑顔で迎えてくれたのだった。。。

そのままチケット売り場へと進み、
予定通り € 5.50での入場だ。

ゲートをぬけ、そのホールの広さに息を呑む。

もともとオルセー駅であったこの建物は
駅舎の面影がそのまま残されていた。



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地上階の中央の大きな通路には
巨大な彫刻が並んでおり、
それをはさむようにして、
左右に絵画が展示されている。


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彫刻のスケールの大きさに圧倒され、
それだけでもお腹いっぱい…
さらに両脇の通路になんとなく展示されている絵画は、
どれも日本では、間違いなく人集かりができる名画ばかり!!

柵もなければ、写真も撮り放題!!




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ジャン=フランソワ・ミレー Jean-Francois Millet
1814/10/4 - 1875/1/20

【落穂ひろい】
「晩鐘」とともにミレーの3大傑作のひとつ。
つつましく生きる農民の姿を現実的に描いている。
1857年にサロンに出展した際、社会主義的と捉えられ議論を呼んだ作品。




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クロード・モネ Claude Monet
1840/11/14 - 1926/12/5

【アルジャントゥイユのひなげし】
『睡蓮』でおなじみのフランスの画家で、印象派の創設メンバーのひとり。
移ろいゆく色彩と光に関心を寄せ、対象物そのものよりも「見え方」を
いかにキャンバスに表現するかに腐心した。
アルジャントゥイユ郊外に広がるひなげしの咲く野原を歩く親子を描いた
印象派グループ展の出品作。





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※実物はもっと縦長です…

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ Vincent van Gogh
1853/3/30 - 1890/7/29

【オヴェールの教会】
後期印象派を代表するオランダの画家。
不遇の生涯を送っており、生前に売れた絵はたった1枚だけ…。
ゴッホの悲しみや郷愁の念が込めらた作品。



教科書に登場するような有名な絵画がズラリ!
たくさんありすぎて紹介しきれません…

そんな中で、私が最も印象的だったのは、
上記に紹介したゴッホだ。
今まで、あまり関心がなかったが、実物を
目の当たりにして、すっかり、この力強い
独特のタッチに心を掴まれてしまった。

キャンバスに感情をそのまま
叩きつけたような強烈な筆触。
印象的な空のブルーからは、
彼の深い悲しみや郷愁の念が
覆いかぶさるように作品全体を包み込んでいる…。

足を囚われ、この絵の前からしばらく
離れられなくなっていた。。。



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こんな調子では、2万点もの作品を
閉館までの数時間で見終えるわけもなく、
案の定、上のフロアにあるセザンヌやドガなどは
駆け足で通り過ぎる始末だ…。

さて、間もなく時刻は21時。
閉館まであと15分!

まだ見ていない所を早足で巡ろうと
上りのエスカレーターへ、すると、
どこもすでにロープがはられ、止められている。

廊下やフロアも係りの人が、サッサッと片付けだし
とても鑑賞するような雰囲気ではなくなっていた。

ついつい日本の百貨店などの
「閉店までゆっくりお買い物をお楽しみください。。。」
に慣れてしまった私達は、追い出されるように
泣く泣くオルセー美術館を後にしたのだった。


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地下鉄に乗り、ホテルのあるパリ東駅に戻り、
東駅の前の大きな通りに面したスーパーで
夕食の買い物をすることにした。

フランスにはめずらしく、日本のコンビニのように
お惣菜なども売られているが、どれも値段は少々高めだ。


レジでならんでいると、ゴロゴロ!とカミナリの乾いた音が響いた。
すると間もなくして、ザザザッー!!と雨音とは思えない
物凄いごう音!
なんと、外は雨ではなく雹が降っていたのだ。
しかも今まで見たこともないくらいの大きさだ!

ゴルフボールほどの氷の塊りが通りに叩きつけられ
跳ね上がっている。

軒先では、買い物を終えた客が肩をすくめて
顔を見合わせていた。

雹はすぐにやみ、雨へと変わった。

雨足が落ち着いてきたところで、私達は覚悟を決め
パーカーのフードをかぶり、ホテルを目指した。

個人主義フランスの洗礼にすっかりやられ、
クタクタになった長い一日の終わりに
とどめを刺すような雨…だったのだが、
ランナーズハイとも思える不思議な高揚感。

夜更けの街で、私達はキャーキャー笑い、
水溜りを跳び越えながら走ったのだった。。。




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対岸のオルセー美術館

09/07/16(Thu)つづき…


地図は意味をなさず、どこに向かっているかさえ
あやしくなってきた。

はたして、遠回りをしたのか何だかよく分からない…
ふと気が付くと目の前に黄金像がそびえ立っていた。


Jeanne d'Arc…?


「ジャンヌ・ダルク!」


私達はジャンヌダルクの
黄金の像の前にいたのだった。


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この像のある交差点を渡るとすぐに目の前が急にひらけ
広場の中心にはオリベスクが天を突き刺すように真っ直ぐにのびている。

そう、ここは有名なコンコルド広場だった。
かつて、ルイ16世やマリー・アントワネットの
処刑がおこなわれた場所だ。


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しかしながら、そんな思いにふけっている心の
余裕など私達には残ってなかった…
パリに降り立ってからの心労がピークに達し
遠くにチラリとのぞくエッフェル塔にさえ
私達のテンションを上げることはできなかった。

口数も少ないまま広場を横切ると
帰宅ラッシュなのか車が渋滞でギッシリと
大通りを埋め尽くし、全く進む気配のない
事態にイライラしたドライバーの鳴らす
クラクションがいたる所から
響いていた。

通りの横にはセーヌ川が流れ、対岸には
私達が目指しているオルセー美術館が
見えるではないか!


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しかし、もう目前だというのに
橋が見当たらない!

結局、橋ははるか遠くまで
引き返さなくてはならず、私達は無言のまま
排気ガスでさらに温度の上がった通りを
クラクションを聞きながら歩いたのだった…。


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冷たいパリ

09/07/16(Thu)つづき…


ホテルのチェックインをすませ、部屋で昼食がわりに
ドイツから持ってきた食べ残しのパンをかじり
息つく間もなく私達は町へと出かけた。

まずは、どのルートも満席のため
購入できなかったパリ~スペイン(マドリッド)
までの他の交通手段を練らなくてはならない!

とりあえず、ガイドブックに載っていた
日本の旅行会社に行き、航空券の値段を
ききに行くことにしたのだ。

大通りから少し入った路地にその旅行会社はあった。
ガラス張りのオフィスで、外から日本人の
女性スタッフが受付デスクに座っているのが
確認できた。

久しぶりの日本人に
ホッと胸をなで下ろし中へと入った。
しかし、誰一人「いらっしゃいませ!」といった
そのたぐいの歓迎の言葉をかけてくれる気配がない…

こちらを見ようともせず、
すましてキーボードを打つ女性スタッフに
恐る恐る声をかけた。

「あのぅ、パリ発スペイン、マドリッド行きの
航空券についてお伺いしたいのですが…」


すると、まるで私達が見当違いなことでも
言っているかのように、怪訝そうな表情で

「航空券ですか?」

低いトーンで言った。
そのまま会話が終わってしまうのではないか?!
と不安になり、

「列車はどのルートも満席で、しばらくチケットが
手に入らないようだったので!」

と、私は慌てて会話を繋いだ。
彼女は表情一つ変えず、淡々とした口調で

「結構、高いですよ。」


「・・・。」



私達は何の情報も得られないまま店をでた。

完全に鼻先であしらわれてしまったのだ…
それにしても、フランス人の冷たい反応には
ある程度の覚悟ができていたものの
日本人にまで…パリという町が人を
こうさせてしまうのだろうか??

だが、気を落としてるヒマはない。
次にすぐ近くにあった日本語の使える
ネットカフェで、別の方法を
調べることにした。

そこは日本のネットカフェとは比べものに
ならないくらいお粗末なつくりで、
パソコンは全部で7、8台くらい。
しかも、この真夏の炎天下だというのに
地下のむっとしたこの部屋には、冷たい飲み物などはなく
2台のポットとティーパックが置かれているだけだった。

それでも席は1台を残し、日本人ビジネスマンや
留学生らしき人でうまっていた。

こんなことで貴重な旅行資金を使ってしまうのは
もったいない!
私達は限られた短い時間で必死に調べた。

そこでどうにか、いくつかルートがあがっのだが…
パリから出ている長距離バスで、とりあえず
スペインのサラブラまで行き、マドリッドに
近づくか、又はパリからTGVでスペインの
行けるところまでいくか…

とりあえずパリ脱出という大ざっぱすぎるルート…
決定的な情報は得られず、スッキリしないまま
ネットカフェを後にしたのだった。

さて、今日は木曜日。
オルセー美術館では午後18時から入場料が安くなるのだ。

私達はその足で、急いでオルセー美術館を目指した。

しかし、またしてもパリの複雑な道に翻弄させられて
しまうのだった…


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パリへと降り立つ…

09/07/16(Thu)



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廊下を走りまわる子供たちの
にぎやかな声で目が覚めた。

ハッと時計を見ると朝食の時間である
7時をまわっていた。
人生初の寝台列車は想像以上に快適で
すっかり熟睡してしまったようだ。

朝食がどのようにして、ここに届けられるのかわからず
とりあえず廊下に出て他の個室をのぞきこむと
どの個室も扉は全開、ベットはすっかり座席にかわり
朝食をとっていた。

私達は慌てながら、試行錯誤して
なんとかベットをたたみ、朝食を待った。

夕べの親切な女性の車掌さんが忙しそうに
廊下を行ったり来たり。
私が朝食を頼もうと手を上げると、声を掛けるまえに
明るい笑顔でウインクをしながら
「ちょっとまってね!」
と慌しく通りすぎて行ってしまった。

それから、だいぶ待って
ようやく私達のもとに朝食が届いた。

紙のBOXに入ったパンとジャム、パテ
そして、コーヒーのついた簡単な朝食だ。


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それでも、車窓から注ぐやわらかな朝日を
浴びながら飲むモーニングコーヒーは
何とも言えず格別な味わいだ。

外の景色は、ドイツの田園風景とは違い
いつのまにか建物が多くなっていた。
そう、もうここは第二の目的地フランスなのだ。


列車は15分遅れで、パリ東駅に到着。


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たくさんの人々、さまざまな人種が行き交っていた。
プラットホームでは、恋人たちが抱き合って
別れをおしみモノクロのポストカードのような
シーンがあちらこちらで、くりひろげられていた。


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さて、まずは今日の宿さがしをしなくてはならない。
ここよりも大きなパリ北駅はこの東駅から
歩いてもそうかからないはずだ。
とりあえず、ここよりも便利と思われる
パリ北駅まで歩くことにした。

しかし、歩いても10分とかからないはずが
パリの複雑な道にすっかり迷ってしまい
倍以上の時間をかけ、やっとの思いで
パリ北駅に辿り着いたのだ。

チケット売り場が目に入り、3日後に目指す予定の
モンサンミッシェルまでのチケットと
その次に向かうスペインのマドリットへの切符を
先に購入することにした。

窓口はくねくねと折り返した長蛇の列…
時々、見知らぬ人同士目が合うと溜息をついて
顔を横に振りながらあきれた表情をみせた。

やっと順番がまわってきた。
ここからモンサンミッシェルまでは無事に購入できた。
しかし、パリ~スペインのマドリッド間は
どの便も満席だという…
窓口の若い女性は、一向に減らない列のせいか
もしくはこの言葉の通じない日本人バックパッカーの
せいなのか…見るからに不機嫌で、面倒臭そうに
キーボードを打つ。
それでもめげずに他のルートなどしつこく尋ねたが
チケットは購入できず、結局あきらめて
今日の宿をさがすためインフォメーションセンターに
向かうことにした。

しかし、この巨大な駅の中から
インフォメーションセンターを見つけるのも一苦労…

途中、インフォメーションの「i」と
大きくかかれた緑色のベストを着た
いかにも学生アルバイト風の女の子に

「ホテルを予約したいのですが…」

と尋ねると、構内地図をこちらに見せながら
とても明るく丁寧な英語で
インフォメーションセンターの場所を
教えてくれた。

ようやくインフォメーションセンターを見つけ
窓口の若い男性に英語で
ホテルをさがしていることを伝えると
険しい表情で何度も聞き返してくるではないか…
ドイツでは難無く通じた私のつたない英語が
ここではちっとも伝わらないのだ!
結局、紙に書いて見せると理解したのか
一瞬となりを見てから、隣の窓口へ行くよう、
私達をあしらうように言った。

すっかり自信をなくし、おそるおそる隣の窓口の
女性に声を掛けると、さっきの男性とは打って変って
にこやかに迎えてくれた。
無事、私の英語も通じ、初めに降り立った
パリ東駅のすぐ側にある安くても清潔で安心という
お勧めのホテルを紹介してくれたのだ。

さっきは迷ってしまったが、今度はすんなりと
東駅に到着したのだった。
やはり、まともにいけば10分で行ける距離だ。

さて、目的のホテルはこの辺りのはず…

しかし、窓口の女性が印を付けてくれた通りを
さがしてもそれらしき看板が見当たらない。

重いリュックを背負いながら行ったり来たり…
しかも、日差しが容赦なく照りつけ体力を奪った。

ドイツなら、旅行者が困っていたら
必ず誰かが声を掛けてくれたのに…
早足ですれ違うパリの人達を横目に
私達は重い足取りで、ぽつりぽつりと愚痴を
こぼしながら必死にホテルをさがした。



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疲労とこの暑さ、そしてドイツとは全く違う
フランス人の冷たい雰囲気にすっかり
心が折れてしまったのだ。。。

散々ウロウロしたあげく、意を決して
冷たい反応を覚悟で、売店の中年女性に
ホテルの場所を尋ねた。

すると、こちらも全くと言っていいほど
英語が伝わらず…
それでも、地図を見て察したらしく
東駅を指差して、あそこあそこと言うではないか?!
てっきり、私達が駅の場所を聞いているのだろうと
勘違いしていると思い、諦めの気持ちで
肩を落としながら、仕方なくとぼとぼと駅へ
向かった。

駅の階段に座りこんで途方にくれていると
友人の目が一瞬キラリと光り、私の頭上を指さした。

「あった!!」

慌てて視線の先に目をやると、そこには探していた
ホテルの看板が!
そして、私達はホテルの目の前に座り込んでいたのだ。

なんと、ホテルは東駅の中にあったのだ!

私達は新大陸でも発見したかのように
飛び上がって喜び、肩を叩き合ったのだった。。。

















寝台列車~City night line~

09/07/15(Wed)つづき…


ドイツ最後の晩餐を終え、再び駅へと戻った。

ホームにあるコインロッカーから荷物を出していると
すぐそばにある公衆電話で、若い女性が
タバコを片手に大きな声で電話をしている。
その声は、だんだんと大きくなり、明らかに
電話の向こうの相手とケンカになっていた!

もう時刻は夜の11時をまわっている。
人気のないプラットホームに彼女の声が響き渡り

「何で、アナタはわかってくれないの?!」

とでも言っているように、勢いよくタバコを投げ捨て
ハイヒールでもみつぶした。

なんだか、恋愛映画のワンシーンを見ているような
気持ちになり、ついつい見入ってしまった。

「ガシャン!」

彼女はぶつけるように受話器を置いた。
すると、ハンドバックをさぐり
舌打ちをしながら、私達のほうへ
ツカツカと向かって来るではないか!

あまりにも、じっくり見物してしまったために
気を悪くして何か言われるのではないか?!
私は慌てて目をそらした。

彼女は私達にユーロ札を差し出し
ドイツ語で何かを言っている!

私はわけがわからず、動揺していると
友人がすかさず、ポケットから
小銭を出し、彼女に渡した。

どうやら、公衆電話で使うコインが
なくなってしまい、両替をしてほしかったようだ。。。

彼女はコインを手に取ると、ため息まじりの笑顔で

「まったく、まいっちゃうわ…ありがとね!」

とでもいった感じに、肩をすくめ
再び電話へと向かったのであった。。。


さて、いよいよ私達が乗る寝台列車
CNL(City night line)の到着ホームが
電光掲示板に表示された。

乗り遅れたら大変なことになる…
何度も掲示板の表示に変更がないか確かめ、
ホームで今か今かと列車の到着
待ち構えていた。

しかし、発車予定時刻の5分前になっても
CNLのくる気配がない…

そして、とうとう出発時刻の23:20を過ぎてしまった…

「まさか、さっき別のホームにきていたヤツが
CNLじゃないの?!」

と一瞬、血の気が引いた。

しかし、少し離れたところでかたまっている
中国人バックパッカーがいるのを確認すると

「きっと、あの人達も同じ列車をまってるんだよ!」

と、ほっと肩をなでおろした。

そんな会話を繰り返しているうちに
私達のホームにCity night lineと書かれた
列車が入ってきた!

この時点で、出発時刻を20分は過ぎていた…

急いで列車に乗り込むと
日本のように構内アナウンスや発車ベルもなく
国境を越える長距離列車とは思えないほど
短い停車時間で、あっさりと出発したのだった。

人がようやく一人通れるほどの通路には
こんな時間にもかかわらず、サマーバケーションに
出かける若者のグループが友達の個室を
行ったり来たり…さながら修学旅行といった感じだ。

そんな浮かれた若者をかき分けながら
やっとの思いで、私達の個室へ到着。

私達がこの旅に欠かせないユーレイルパス
(指定したヨーロッパ数カ国の鉄道が指定期間中、
乗り放題になるパス)は、寝台列車など、
1等でも2等でも料金が変わらない。
なので今回、1等車の個室に乗ることができたのだ。


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真っ白のベッドカバーでキレイに整えられた
二段ベッドの上には、それぞれハンドタオルと
ペットボトルのミネラルウォーターが用意されている。
そして、個室にはなんと立派な洗面台も備え付けられていた。


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すっかり元気を取り戻し、人生初の寝台列車に
感動していると、車掌さんが検札にやってきた。

車掌さんは少しふっくらした中年の女性で
短く刈り上げた髪は男勝りの貫禄だ。
しかし、その風貌とはうらはらに
とてもチャーミングで、親切に英語で
トイレやシャワーの場所、そして個室の
鍵のかけかたなど説明してくれた。
そして、どうやら1等には朝食も付くらしく
7時に運んでくれるというのだ!

さて、いつまでも興奮しているわけにはいかない。
この旅で、もうすっかり恒例になっている洗濯をしなくては!
衣類は、すべて2日分しかもってきていない。
明日のために今、着ているTシャツから下着まで
手洗いなのだ。



ようやく落ち着き、就寝。

ときどき通り過ぎていく信号機の明かりが
ブラインドの下ろされた車窓の隙間から射し込み
二段ベットの縁にぶら下げた洗濯物の
影を映し出した。

列車に揺れる、その影をぼんやりと眺めながら

「この旅が夢だったらどうしよう…」

そんなことを思いながら眠りについたのだった。。。

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